大沢舘は大沢山麓に建つ秘湯の宿。宮大工の手によって建てられた佇まいは、まるで田舎のおじいちゃん家にきたようなノスタルジックな趣き。南魚沼大沢産コシヒカリは釜炊きで、まるで縁日のような館内サービスは大人でも楽しい。宿主の飾らない温かなおもてなしが心に響く。
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午後二時半。吹雪く湯沢中里スキー場を後にして、一路この日の宿である「大沢舘」へと急ぐ。湯沢中里スキー場からは30分ほどかかるが、塩沢石打インターからだと15分ほどの距離。スキーヤー・スノーボーダーにとってかなり利用しやすい。とはいえ人気の宿。週末の予約は取れず、日曜日にずらすことでようやく予約がとれたのだった。
「日本秘湯を守る会」の会員宿。それだけで秘湯マニア(あえてマニアと言おう!)にとって素晴らしい体験を期待せずにはいられない。そのために! あえて午後二時過ぎにスノーボードを撤収。一路「大沢舘」へ吹雪く国道をばく進。国道にある大沢舘の看板を左折、細い県道に入る。するとほんの少しの距離にも関わらず、街中から雪深い峠道に景色は一変。斜面や木々に半端ないほど雪が積もっている。
すると左手に雪に埋もれた「大沢舘」の看板を発見。左に曲がり、さらに進むと駐車場と雪に埋もれる建物が見えてきた。建物と思ったのは実は門。まるで時代劇に出てくるような書院造り調の佇まい。雪が降り積もる門の前に立つと、その光景に期待は最高潮に膨らみ、「間違いないぜ!」と心の中でガッツポーズ。まるで切り通しのような雪の壁に挟まれた入口をくぐると玄関が見えた。
いざご開帳!とばかり玄関の引き戸を開けると…想像した以上の古き佳き日本の宿の光景が目に飛び込んでくる。宮大工によって建てられた築三十年ほどの木造二階の宿。太い柱と太い梁に木張りの床は、ログハウスような丸太の圧倒的で直線的な存在感とは違っている。間接的な存在感というか、木に包まれるような優しい感覚なのだ。
また鉄筋コンクリートであれば、三十年も経つと経年変化によりかなり古びてくるが、本物の木造建築ではその経年変化によって程よい風格を帯びてくる。それが何ともいえない情緒を醸し出し、どこか懐かしいノスタルジックな空間を演出している。
帳場と玄関の間には大きな木の一枚板が置かれ、左を見るとウェルカムサービスに冷たいリンゴにミカン。それにちまきやお餅まである。それを囲炉裏のある談話室でいただけるのである。
それにしても、こんなにほのぼのとした気持ちになるウェルカムサービスを提供する宿はこれまで見たことがない。まるで田舎のおじいちゃんの家に遊びに来たかのような、温かな気持ちにさせてくれる。遠い日の思い出が蘇ってくるかのような空気を感じる。
チェックインを済ませ、趣のある木の階段を昇り2階の部屋に入る。案内された部屋は8帖の和室。バス・トイレはないが、丁寧に掃除も行き届いている。そして調度品や小物もどことなくノスタルジック。その点はかなり徹底している感じだ。ふと窓の障子を開けると目に飛び込んで来たのは真っ白な雪の世界。車で走ってきたからわかっていたことだが、圧倒的な雪国の光景に思わず見とれてしまう。
こうなると念願の雪見風呂もかなり期待できる。早速ウェアを脱ぎ浴衣に着替え、袋に入っているアメニティを見たら、タオルの他に軽石とヘチマが入っている。それにしてもヘチマとは懐かしい。ふと小学生の頃、学校でヘチマを育てて垢擦りを作ったことを思い出した。三十年前も前の遠き「思ひで」。なんとノスタルジックなことだろうか!
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まずは大浴場。はやる気持ちを抑え廊下を歩くがその歩く間も楽しい。まるで館内そのものが博物館のようだ。そして湯暖簾をくぐり、脱衣所に到着。大浴場はガラス張りの展望岩風呂だが、中は湯気、外は雪で真っ白。湯船の温度は適温。寒い身体をやんわりと温めてくれる。
湯口の横には地蔵尊が安置され、無色透明の温泉が惜しげもなく注がれている。湯船の縁を見るとオーバーフローはしていない。源泉温度が低いので循環式のようだ。でもお湯の状態は良く、微かな硫化水素臭。湯船や湯口からもは素臭は感じない。後で調べてみたら、どうやらかけ流し循環併用式。浴槽内の循環はあるが、湯口からは新しい源泉が注がれているらしい。
大浴場で温まった後はいよいよ露天風呂に移動。すると露天風呂への出入り口には甘酒や味噌田楽サービスがあるぢゃないか! まるで過剰とも思えるほどのサービスだが、大人でもワクワクして何だか楽しい。そう、まるで縁日。子供の頃の遠い記憶が静かに蘇蘇ってくる。
そんな誘惑に満ちあふれているが、今は風呂が先。「団子より花」なのだ。しかし外廊下は天然の冷蔵庫ならぬ冷凍庫。これまた寒い。途中アイスキャンディーサービスも見つけたが、これも風呂が先。今は食えん。!
さらに進むと滑ったら「アウト」間違いなしの渡り廊下が見えてくる。何がアウトかというと、狭い渡り廊下の下は雪が混じった池。落ちたら極寒人間氷締め。滑らないように摺り足で進む。
湯暖簾をくぐると、脱衣所と浴場が一体になったまるで湯治場のような情景が目に映る。建物は太い柱と梁のある立派な湯屋造り。清潔感漂う洗い場は御影石が敷き詰められ、浴場の壁はおそらく杉皮。また檜の湯口からは熱い温泉が縁が檜張りの石造りの湯船に注いでいる。
目の前は一面の雪…というか全面の雪壁。なんということか雪が積もりすぎて雪化粧ならぬ雪のカーテンが覆っている。これは雪見風呂ならぬ雪壁風呂というところか(苦笑)
凍えるような寒さの中、湯船に飛び込むとそこそこ熱い。外気で冷えないようにかなり温度調節(加熱)しているようだ。(後で湯守の話を聞いたら44℃とのこと)今日が80歳の誕生日という元信用組合の支店長だったお爺さんと風呂で小一時間ほどゆっくりと語らったのも旅の縁。
最近年配の方と話す機会がなかっただけに、昔話がとても新鮮に感じた。そして湯上がり後は先ほどスルーした味噌田楽と甘酒にホッと一息。こういう何気ないサービスがなんとも心地いいんだよねぇ。
夕食は広間(今回は中広間)で用意。地元食材をふんだんに盛り込んだ郷土会席料理を味わえる。食前酒の白ワインから始まり、お造り、焼き物、台物など魚と野菜が中心。海と山のある新潟らしく両方の幸が並んでいる。決して派手ではないが、一品一品丹精込めて手作りしたことが感じられる。豪華な料理もいいけれど、丹精込めた手作りの方が私には合っているようだ。
そして夕食の途中に宿主さんが現れ、八海山原酒の振るまい酒のサービス。「くぅ~きく~」度数もさることながら濃厚で芳醇な味はさすが八海山。ただでさえ下戸なのにこれで完全に茹でダコの出来上がり。顔を真っ赤っかにしながらシメの釜炊きのコシヒカリを完食した。
部屋に帰るとさすがに酔いありダウン。ふと目を覚ますと22時過ぎ。どうやら2時間ほど落ちていたようだ。ふと露天風呂は閉まるのが早かったことを思い出し、露天風呂に行こうとしたら清掃中の立て札がかかり見事に終了。
あ~夜の雪見風呂が…と思ったが残念ながら後の祭り。気を取り直し大浴場に向かう。しっかりと汗をかき、出た後に体重計に乗ったら驚きの事実が発覚する。
なんと75kgまで落ちていた体重が77kgまでボリュームアップ。美味い酒に美味い肴。そして美味い米をたらふく食べたらこうなるのは自明の理。これはしょうがない。スノーボードで身体をイジメればいいだけのこと。
テレビはあるが何故か見る気がしない。そのためにも部屋でストレッチに励む。明日の朝食は8時だから7時に起きて朝風呂と洒落込もう。頑張れ40過ぎのカラダ!
そして翌朝。きっちりと7時に起き、昨夜入れなかった露天風呂に向かう。空は白く明けつつあったが、太陽は山の陰に隠れ、まだちょっと薄暗い。ピーンと肌を刺す寒さの中、素っ裸になるのはまるで修行僧のようだが、これも冬温泉の醍醐味。
掛け湯をして湯船に滑り込むと…じ~んと痺れるほど熱い。冷えた身体に熱い温泉が染み込んでいく感覚が身体を駆け巡る。これだ!この感覚が堪らない。
そして30分後、山の陰からうっすらとかかる雲を押しのけ、神々しいまでにお日様が姿を現す。それにしても露天風呂の正面から朝日が見えるとは…。何だか得した気分になる。
8時になり朝食の時間。夕食は中広間だったが朝食は大広間に用意されていた。かなり広い空間だけど暖房が効いているようで寒くはない。テーブルを見ると温泉玉子に煮物、そして岩魚の甘露煮がある。「山の宿の朝飯や!」とまるで彦摩呂のように心の中でひとりつぶやき。
それにしても米が美味い。昨夜も食べたのだが、昨夜以上に美味く感じる。考えてみたら、今まで泊まった宿でも同じ感覚だったような…。夜に比べ舌が敏感なのだろう。どうやら米は朝の方が感じるようだ。
部屋に戻りゆっくりとしたいが雪山が待っている。気を取り直し、ウェアに着替え荷物をまとめチェックアウト。このとき「名残惜しい」と感じる宿は満足した宿の証。まぎれもなく満足している自分がいた。
出がけに談話室を覗いたら、宿主さんがお他のお客さんと談笑中。「お茶ありますよ」と声をかけてくれたのでちょっと寄り道。すると、いくつか映画の撮影に使われた時のエピソードを話してくれた。
例えば北野武監督の映画「HANA-BI」の撮影があった時のこと。ロケは貸切で四日間も行ったが、映画に登場したシーンはほんの数分。その数分にかける監督のこだわりの凄さ。ドイツ映画の撮影では、送られてきた試写版が日本語字幕のないドイツ語の台詞だったので、完全に意味不明だったことなど面白いエピソードを話してくれた。
それにしては館内に映画ポスターがない。宣伝になるのに不思議に思ったが、どうもそういうポスターの類いが好きではないと恥ずかしそうに話すその姿に、素朴な秘湯の宿主らしさにじみ出ていた。本当に田舎のおじいちゃん家に遊びにきたような感じだ。また別の季節に来られたらいいだろうな。
(2015.9 更新)
住所 | 新潟県南魚沼市大沢1170 | TEL | 025-783-3773 |
URL | 公式サイトなし | IN:OUT | 15:00 : 10:00 |
宿泊料金 | 13,770円~ [2名利用1人料金] | 立寄入浴 | 不可 |
客室数 | 和室 19 | 食事場所 | 広間 |
駐車場 | あり | 送迎 | JR大沢駅より送迎あり(要連絡) |
主な泉質 | ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉 | 温泉利用 | かけ流し循環併用 (湯口源泉、浴槽内循環) |
浴場設備 | 展望岩風呂(大浴場)・展望露天風呂 | 塩素消毒 | 未確認(塩素臭はなし) |